ベータコンサルティングとは


運用と経営はコインの表裏、努力が報われる為にはチャンスとリスクにどのように取り組むかが共通の課題となります。
我々を取り巻く経済環境は極めて振れ幅の大きなものとなっており、
また企業の提供する製品やサービスは気が付くと過去のものという変化の激しい時代に直面しています。
当社事業分野は資金運用と経営の戦略に特化したコンサルティングです。外部経済環境変化というマクロトレンドを重視し、
非上場企業の利益向上を支援します。

ベータとは個別証券の値動きが証券市場全体(日経平均等)の動きに対してどの程度敏感に反応するかを示す数値です。
例えば、ある銘柄のβ値が1.2なら、日経平均が5%上昇するとその銘柄は6%上昇することを意味します。
市場全体を表すマクロ変動とその環境下で個別企業がどのように動くのか、
両者の関係性にウエイトを置くという立ち位置を表すためβ(ベータ)をロゴとしています。

ブログblog

2020.07.12

ドリアン・グレイの肖像

舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像画に現われ、いつしか絵の中の容貌は醜く変り果てていく。慚愧と焦燥に耐えかねた彼は、自分の肖像にナイフを突き刺した……。
快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる、耽美と異端の一大交響楽。(新潮文庫掲載のあらすじより)


株式市場と実体経済の乖離とこの物語は一脈通ずるところがあります。株式市場をドリアンその人、実体経済を肖像としてみましょう。コロナ感染により実体経済は悲惨な状態になっています。一方株式市場はまるで何もなかったかのような快調ぶり。経済の下落や不安はすべて肖像画(現実世界)にのみ現れており、株式市場は美貌のドリアンのごとしです。


オスカー・ワイルドのこの小説は実物と肖像の乖離を物語とし、それがどのような結末を迎えるかが描かれています。時の経過と共に修復不可能なほどに醜くなってゆく肖像画に恐れをなしたドリアンは絵にナイフを突き立て、床に倒れこんで絶命します。倒れたドリアンの顔は醜くゆがみ、残された肖像画は最初に描かれたときと同じ美しさを保っていました。


今後の世界がこの小説と同じ筋道をたどるなら、実体経済は回復して元のような経済に戻ってゆく一方、株式市場は壊滅的打撃を受けて機能不全に陥るということになるのでしょうか。万が一そういうことになるとすると、肖像画に突き立てられたナイフとは何でしょうか。


ドリアンの美貌(株式市場の活況)を支えてきたものは溢れ出さんばかりのカネ。
世界の政府は財政支出を行い、中央銀行は国債をはじめとする様々な金融商品を市場から買い上げ、カネを市場に供給しました。財政出動により市場に溢れ出したカネは8兆ドル以上にものぼる膨大な規模となっています。


普通、財政出動により政府債務が膨張すると長期金利が上昇します。ところが金利は一向に上昇していません。これは中央銀行が国債を買っているからです。東南アジアの中には自国で発行した国債を自国の中央銀行が買うという財政ファイナンス(禁じ手)を始めた国も出てきています。禁じ手に近いことをやり続けても不都合なことが起きない現状は、歳をとることのないドリアンのように見えます。どこかで問題が起きることないのでしょうか。


実体経済が回復するにつれて市場に供給され続けたカネは回収されなければなりません。多くの問題は実体経済から乖離した国の通貨や金融商品が価値を失ってゆくという形でおきています。肖像画に突き立てられたナイフが何を意味するのかは分かりませんが、ドリアンの死(株式市場の崩壊)を防ぐには今後極めて慎重な出口戦略が求められます。
2020.06.07

自由と自粛

人は生まれながらにして自由で、その果実を享受する権利を有しています。自分のしたことに責任を負いさえすれば、何をやろうと人からとやかく言われることはありません。好き勝手なことをして痛い目あうのも自由、自分で責任をとればよいだけです。一つだけ制限があり、それは「人に迷惑をかけてはならない」ということ。我々はずっとそういう世界で生きてきました。そして今後もその世界は続いてゆくだろうと思っていました。


いきなり降って湧いたコロナという感染症が、自由を奪ってゆきました。多くの国でロックダウンにより移動の自由が奪われ、我が国でも自粛という名のもとに行動や活動に大幅な制約がかかりました。法的な強制力はなくとも自粛に従ったのは感染を恐れたからのみならず「人に迷惑をかけるかもしれない」ということを恐れたからなのでしょう。自分に症状がなくとも他人に感染させてしまうかもしれない、そして最悪人の命を奪うかもしれないというウイルスを前にして、人々は自粛を受け入れたのだと思います。


未だにしっくりこないのは「人への迷惑」というのがコロナ感染による、という一点に偏り過ぎていたのではないかと感じられるからです。我々は自由主義経済の下で生活しています。企業が活動できなくなれば従業員、顧客、社会に対して大きな迷惑をかけることになります。その重さと重大さはコロナ災害以上のものではないと言い切れるのでしょうか。他人の自由に制限をかけるには相応の覚悟と慎重さが要求されるはずです。国や自治体が国民の活動や事業に制限を加えるなら当事者にとっては極めて大きな迷惑となり得ます。


自粛に伴う損害が補償されたとしても、完全に収束するまでの全額の補償など財政的にも不可能です。また今や再び起きるかもしれない感染拡大への懸念も生まれておりいつまで自粛を続ければよいのか、答えはありません。


我が国の感染者や死亡者の数は欧米諸国と比べて幸いにも2桁少ない状況にあります。それでもコロナ感染はより重大なリスクとして経済も移動も大幅な制限をかけてきました。
憲法の規定では、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」となっています。


今回の対応は“公共の福祉に反しない限り”という観点から比較したとき緊急事態宣言のタイミング、外出自粛や休業要請は正しかったのか、自粛期間は妥当だったのか、公平性は担保されたのか等、今後のためにも検証されるべき課題だと思います。
基本的人権たる自由の制限を最小にする努力を疎かにすべきではありません。
2020.05.10

チャンスがピンチに変わる時

経済活動が殆ど停止してしまった世界で、人々の生活や命をつなぎとめる役割を各国政府が一身に担っています。そのために支出されている財政支出額はすでに異常な額に達しています。感染者、死亡者の一番多い米国の財政赤字額は4兆ドル規模と見込まれ、前年(2019会計年度9840憶ドル)に比べて4倍もの水準です。

急激な財政支出は政府債務残高を押し上げており、債務残高のGDP比は米国131%(第二次世界大戦直後の119%をすでに超過)日本の同数値は250%を突破の見通し(2020.4.19日経新聞)、ユーロ圏の数値は111%(前年85%)と大幅膨張の見通し(2020.5.1日経新聞)となっています。

財政が持続可能となる条件は、債務残高のGDP比が発散しないことというのがファイナンスの常識です。ロックダウンや自粛が長引くほど政府は失業や休業の支出が増え、分子の債務残高は膨張します。一方、分母のGDPは経済活動の停滞により大幅縮小が不可避。結果は財政持続可能性に大きな疑問符がつくということです。

経済の回復遅れは、国の破綻につながりかねず時間との勝負の様相を呈しています。欧米諸国が感染再拡大のリスクを抱えながらもロックダウン解除、経済活動再開を許可したのは感染状況の見極めによるものばかりではないと思われます。

財政状況の悪化は長期金利上昇、中央銀行によるマネーサプライの供給は通貨安のリスクを伴っています。新興国(東南アジアや南米など)元々債務を多く抱えていましたが、コロナ対策のための財政出動、財政悪化が加わって通貨安が加速しています。通貨安は輸入物価上昇によりインフレを引き起こし財政悪化の悪循環に見舞われることになります。

産油国もオイルに対する需要急減などにより原油価格が下落、高い価格に支えられて好調だった経済が暗転、財政悪化により投資マネーの引き上げも視野に入ってきているものと思われます。

過去に起きてきた様々な問題は、単独で時間差をもってふりかかるのが普通でした。今回これらのリスクが一挙に同時に至る所で発生しています。どこで問題が起きても不思議はなく、連鎖的に発生する恐れも高まっています。

感染に関しては世界各国で制限が緩められ明るさも見え始めています。株価も驚くほどの下げを記録した3月から順調に回復しているように見えます。これはチャンス到来なのでしょうか。

今後の世界は、応急処置によって持ちこたえてきた施策の限界が見え始める局面に入ってゆくはずです。上記をはじめとして様々な所に埋まっている地雷(経済リスク)には十分すぎるほどの注意が必要となるでしょう。長期に亘る自粛を保ちながら以前のような実体経済に戻す(V字回復)のは言われているほどたやすいことではないと思われます。
2020.04.10

色即是空の世界

コロナウイルスの感染者と死亡者の人数報告が日常となっています。日々増加する感染者。世界中の国々が今はとにかく感染を抑えようと、自宅に留まり外出を控えることを徹底しようとしています。今のところそれしか人の命を守る方法がないということでの外出自粛ということです。


これで事態が収束に向かってくれればやれやれ、ということになるのでしょうが長期化する可能性も否定できません。その場合クローズアップされるのが経済的な問題、収入の減少や失業者の爆発、企業倒産、さらには国家財政の破綻などです。長期に亘って経済が止まることは実体経済の崩壊を意味します。


1929年、米国の株価大暴落に端を発した大恐慌では経済の縮小により各国の失業率は20%以上へと転落し、貧困や病、更には自殺などにより多くの人の命が失われました。今回の問題はウイルスの拡大によりヒトの動きが止まったことによるもので、それが全世界で起きているので影響は大恐慌以上になる可能性も否定できません。(短期に収束できない場合)


「ヒトの命を守る」ことが最重要であるのは当然のことですが、命のはかなさは病だけに起因するわけではありません。経済の激しい落ち込みによって尊い命が失われるという現実は過去に何度も発生してきました。日本の失われた20年では自殺者の数が異常な数に膨れ上がったのは記憶に新しいところです。


今はとにかく感染拡大を防ぐことが先決ということで、人の移動や接触を伴う経済活動は自粛すべしということになっています。しかし感染は1~2カ月で消えてなくなるのでしょうか。収束が思うように進まなかった場合医療と経済活動のせめぎ遭いはより激しく厳しいものとなることが予想されます。感染拡大防止と経済活動制限の折り合いをどこでつけるのか。日本が直面しているのは感染阻止の問題だけではないはずです。都市封鎖まで踏み込んだ諸外国の経済縮小、それを織り込んだ自粛と活動の線引き判断ではないでしょうか。


仏教哲学の核となる言葉に「色即是空」があります。この世の物や現象(色)は時々刻々と変化しており、恒常不変の実体は存在しない(空)ということのようです。世界の情勢に目を向けた時この言葉の意味するところが正に発現しているような気がします。我々が日頃存在しているのが当然と思っていた様々な財やサービスなどの経済実体が一挙に消えてしまいました。この言葉と対をなす「空即是色」の世界に一刻も早く戻ることを願わずにいられません。
2020.03.08

コロナとの闘い

コロナウイルスの拡大を防ぐべく、各国がヒトの移動を制限しています。また感染の恐れから出来るだけ外出を控えるいわゆる巣ごもりも多くなっているせいか、街には人影がまばらです。海外からのInboundに加え、海外へ旅行に出かけるOutboundも減少しているようです。その結果、旅行、飲食、娯楽、など様々なマーケットが大幅に縮小します。ヒトの移動減少の帰着するところは世界の需要縮小です。

また、工場での仕事も制限されておりモノの生産も大きく減少しています。企業は中国を始めとして世界中に生産拠点を拡大しているため労働力や原材料の供給が滞り、その結果生産の縮小が起こっています。帰着するところは世界の供給の縮小です。

経済変動は多くの場合、需要の低迷か供給の不足のどちらかにより引き起こされます。前者の場合デフレ傾向、後者ならインフレとなり対策として財政出動や金利変更が行われます。ところが今回のように需要と供給が手を携えて縮小するというのはまれ、経済が悪化するのは当然の摂理で世界中の株価暴落はそうした状況を織り込んでいるのでしょう。

過去の多くの大暴落の折には政策金利を引き下げてそのショックを緩和してゆくというのが常套手段でした。今回も米国FRBによる金利引き下げが行われました。何の手も打たずに事態を傍観しているわけにはいかないので各国も財政、金融政策を繰り出してくると思われます。ただそれでウイルス問題の根本的解決にはつながることはありません。

ヒト、モノの動きを取り戻すためにはウイルスの急拡大(いわゆるパンデミック)に対する恐怖を払拭するしかないでしょう。そのためにはどのような経路でコロナウイルスが拡散しているのか、そしてどのような薬を使えば回復できるのか、この2点を突き止めることに尽きると思われます。

問題はコロナの特殊性にあるようです。「インフルエンザは感染力が強く、ほとんどの人が他人を感染させるが、コロナは誰が感染させ易いかわかっていない」「これまでの研究報告によると症状が軽い人や全くない人が感染源になっている」(押谷東北大教授)「症状がほとんどない人もいるが、そういう人も感染源になる場合対応が難しい。人類が初めて経験するコロナウイルス感染症」「通常ウイルスに異変が起きて病原性や感染力を増す。コロナはほとんど変異していない。かなり特殊」(脇田国立感染症研究所長)(日経2020.2.28政府専門家会議 3委員議論より)

コロナウイルスに対しては各国が同じ方向を向き、進化を加速しつつある科学や医学の力を総動員して立ち向かうことが最優先事項と認識されていると思います。人類は共通の敵に対峙したとき必ず勝利する力を持っていると信じます。暫くいろいろな制約に耐えねばならないでしょうが需要も供給も消えてしまったわけではありません。では、需給が復活するのにどのくらいの時間を要するのかが見えていない中で優先すべき事はなんでしょうか。

需要の制約となっているヒトの動き。その制限を出来るところから解除していくことだろうと思われます。ここまでは大丈夫、これは危険といった線引きをすること。その上でさらなる分析、研究の結果を踏まえて「大丈夫」の領域を広げてゆくというステップになるのではないでしょうか。

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