2020.07.12

ドリアン・グレイの肖像

舞台はロンドンのサロンと阿片窟。美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像画に現われ、いつしか絵の中の容貌は醜く変り果てていく。慚愧と焦燥に耐えかねた彼は、自分の肖像にナイフを突き刺した……。
快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる、耽美と異端の一大交響楽。(新潮文庫掲載のあらすじより)


株式市場と実体経済の乖離とこの物語は一脈通ずるところがあります。株式市場をドリアンその人、実体経済を肖像としてみましょう。コロナ感染により実体経済は悲惨な状態になっています。一方株式市場はまるで何もなかったかのような快調ぶり。経済の下落や不安はすべて肖像画(現実世界)にのみ現れており、株式市場は美貌のドリアンのごとしです。


オスカー・ワイルドのこの小説は実物と肖像の乖離を物語とし、それがどのような結末を迎えるかが描かれています。時の経過と共に修復不可能なほどに醜くなってゆく肖像画に恐れをなしたドリアンは絵にナイフを突き立て、床に倒れこんで絶命します。倒れたドリアンの顔は醜くゆがみ、残された肖像画は最初に描かれたときと同じ美しさを保っていました。


今後の世界がこの小説と同じ筋道をたどるなら、実体経済は回復して元のような経済に戻ってゆく一方、株式市場は壊滅的打撃を受けて機能不全に陥るということになるのでしょうか。万が一そういうことになるとすると、肖像画に突き立てられたナイフとは何でしょうか。


ドリアンの美貌(株式市場の活況)を支えてきたものは溢れ出さんばかりのカネ。
世界の政府は財政支出を行い、中央銀行は国債をはじめとする様々な金融商品を市場から買い上げ、カネを市場に供給しました。財政出動により市場に溢れ出したカネは8兆ドル以上にものぼる膨大な規模となっています。


普通、財政出動により政府債務が膨張すると長期金利が上昇します。ところが金利は一向に上昇していません。これは中央銀行が国債を買っているからです。東南アジアの中には自国で発行した国債を自国の中央銀行が買うという財政ファイナンス(禁じ手)を始めた国も出てきています。禁じ手に近いことをやり続けても不都合なことが起きない現状は、歳をとることのないドリアンのように見えます。どこかで問題が起きることないのでしょうか。


実体経済が回復するにつれて市場に供給され続けたカネは回収されなければなりません。多くの問題は実体経済から乖離した国の通貨や金融商品が価値を失ってゆくという形でおきています。肖像画に突き立てられたナイフが何を意味するのかは分かりませんが、ドリアンの死(株式市場の崩壊)を防ぐには今後極めて慎重な出口戦略が求められます。