FIRE VS ディオゲネス

FIRE(Financial Independence RetirementEarly)は人が最終的に到達したいと切望するゴールでしょうか。使い切れないほどの金を持っていれば自由が手に入ると考え、働かなくとも好きなことをして暮らせるだけの金を稼ぐことこそユートピアと思い定め、その手段として投資があると考えるのでしょう。


確かに使い切れないほどの金を持っていれば、殆どの苦労や悩み、不安や心配から解放されるのは確かです。やりたいことは何でもできるし、やりたくないことはやらなくとも何の不都合もない。これが経済的自立(financialindependence)のメリットであり、このような自由を手に入れたいと願うのは人間の本性なのかもしれません。投資でこのような境遇を手に入れられるなら、食うための仕事にはとっととおさらばしてしまいたい(retirement early)と望むのも無理はないことかもしれません。


人は誰でも幸せになりたいと願っているので、金で幸せが手に入るのならその為の投資手法を身に着けようと必死になるのも非難されることではないでしょう。さらにその投資手法が仕事を通して手に入れることが出来るならこれこそFIREの到達点と言えるかもしれません。


一方、FIREとはかなり異なる人生を送った人もいます。古代ギリシャにディオゲネスという哲学者がいました。彼は物質的充足には興味がなく樽の中に暮らしていたそうです。ディオゲネスの名声を聞きつけたアレクサンダー大王がディオゲネスの所に赴き、自分の所で働けば何でも望を叶えてつかわそうと提案しました。ディオゲネスは住処である樽の中から「あんたがそこにいると陽があたらないのでどいてくれ。オレの望みはそれだけだ」と言ったと言われています。
ディオゲネスの目的は真理追究であり、他人から指図を受けることは目的達成の邪魔と考えたのでしょう。ぶれることなく目的を追求するために自由を選択した、ということではないでしょうか。


自由を求めるという共通項はありますが、FIREは自由が目的でありその手段が投資ということになります。どちらが良い、悪いとか高級、低級の比較をしたいわけではありません。問題はその人がどのような生き方をしたいのかにかかっているということ。そして与えられた「時間」を何のために使うのかがその人の価値観に繋がっているということです。


一つ気にかかるのはその価値観が、自分の利益の為だけに向いているのか否かということです。金も領土も能力もすべてを持ってマケドニアに君臨していたアレクサンダー大王は「余がもしアレクサンダーでなかったらディオゲネスでありたかった」と語ったといわれています。さすが大王、器量の大きさを感じずにはいられない逸話であります。

リスクを負うべきは誰か

住宅を借金して買った場合、住宅価格下落リスクは誰が負っているでしょうか。不動産は高額なので殆どの場合住宅ローンを組んで(借金して)購入します。問題は返済に行き詰まって住宅を売却せざるを得なくなり、借金額より低い価格でしか売れなかった場合、誰が差額を負担するのかというところにあります。


5000万円で買った物件を10年経って売却したら2000万円でしか売れなかったとします。この時点で借入金の残高が3000万円残っていたとすると、差額1000万円は住宅購入者が負担しなければなりません。住む家を失ったのにさらに1000万円の借金が残ったとなれば、次の仕事が直ぐに見つかりでもしなければ自己破産しか選択肢はなくなるでしょう。日本では住宅価格下落リスクは全額購入者が負うことになっています。


米国には物件価格が下がっても、借入金の返済は売却価格に限定される制度があります。3000万円の残債があっても2000万円返済すれば免責されるというもの。ノンリコースローン(non-recourse loan)と呼ばれ、貸し手側が原資の返済を融資対象の資産以外に求めないという融資方法です。債権者が債務者の人的責任を追及しないのでノンリコース(非遡及)と言われ、物件価格下落リスクを負うのは銀行などの貸し手となります。


しかし事の本質は貸し手がリスクを負担しないことにあるのでしょうか。10年保有した住宅価格が3000万円も下落してしまったところにあるのではないでしょうか。もし5000万円で買った物件が10年後も5000万円もしくはそれ以上で売却できるのであれば不動産にまつわる悲惨な状況はずっと少なくなるはずです。


我が国において中古物件価格は年数の経過とともに下落してゆくのが当然と思われていますが、米国の不動産は長期に保有しても購入価格より価格が上がるのが普通のようです。この違いは法定耐用年数や減価償却等、制度の考え方の違いに因るところが大きいと思われます。


例えば米国の木造建築は、27.5年で償却となっており、所有者が変わればその都度27.5年の償却が出来ることになっています。一方日本は22年経過すると4年で償却することになっているので、まだ十分に使用に耐える住宅であっても税務的には物件価値はゼロとみなされてしまうのです。税務上価値ゼロとなれば当然、市場における売買価格に跳ね返るでしょう。その結果10年で資産価値が3000万円も下落するリスクも、住宅の購入者が負っていることになります。


現在(2022.6末)日本の住宅ローン残高は220兆円を超え過去最大規模になっています。一方住宅の資産額は伸び悩み、直近の20年末は前年比で下落。米国もローンが急増し残高は6月末で12兆ドルを突破していますが、それ以上に住宅の資産額の伸び率が大きい、という統計が出ています。(2022.11.6日経新聞)


買った場所の土地代が上昇しない限り不動産価格は下がるなら、住宅物件には住むこと以外の資産価値はないことになります。日本の住宅所有者が負うリスクは、ローン金利の高低だけによるわけではないということです。

ホームレスになった日

時々行く図書館で「今日ホームレスになった」という本を借りてきました。13人のサラリーマンがホームレスになった足跡を書いたものです。履歴も職種も地位も異なるサラリーマンにインタビューした内容をまとめてあります。それぞれ転落に至った経緯もその後の境遇も異なりますが、時期は示し合わせたように1997年~2003年でした。また殆どの人がまさか自分がホームレスになるとは思っていなかったという共通点もあります。


なぜ、この時期に集中してホームレスへの転落を余儀なくされたのでしょうか。1997~2003年とはどのような年であったのか、見てみましょう。(下記参照)
1997年:アジア通貨危機
1997年: 三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券破綻
1998年:ロシア国債デフォルト、LTCM破綻、長期信用銀行破綻 
1999年:大手15行に7.5兆円の公的資金注入 
2001.9: 同時多発テロ 
2003.3: 米軍イラク侵攻 


端的に言うと金融機関の連鎖破綻と、その前後に起きた異常事態が原因。資金の出し手が消滅して、企業の資金繰りが大幅悪化。決済に影響出て金融の機能不全に陥った(システミック・リスク)、という訳です。企業は倒産を回避するため人件費を大幅に削減せざるを得なくなりました。これがこの時期に集中して大リストラが行われた企業側の理由と言えるでしょう。


一方、リストラされた従業員は定期的収入が途絶え、社会情勢も悪化の一途をたどった為、次の仕事も見つからず預金を食いつぶすという状態となります。こうした状況をさらに加速させたのが借金。住宅ローンや、子供の教育費、バブル時の過大な借り入れ等が保有資産を急激に減らし、追い詰められて高金利金融から借りるなどして事態はさらに悪化するという道をたどった人も多数にのぼりました。


日本では過去、大規模な人員整理は行われてきませんでした。企業利益が減った場合、解雇の代わりに給与や賞与の抑制により雇用は守るという、会社と社員が痛みを分かち合うシステムが働いており、また法律も解雇しにくい法制度、裁判制度が実施されてきました。ところが、いよいよ会社が持たないということになったとき雇用維持の慣行が一気に崩れたのです。


これまで従業員の雇用は会社が守ってくれるという前提で働いてきたので、急に解雇という現実を突きつけられたことになります。リストラの洗礼を受けなかった従業員も自分の居場所を守る為に、同僚や先輩、後輩のリストラを強要する立場にまわされ、共に精神的にも大きなダメージを受けざるを得なかったものと思われます。


現在の状況をみていると、1997~2003に状況が似ているという悪い予感がします。しかもそれが世界レベルで発生しています。現在起きていることと当時の共通事象を、年代の順番に沿ってあげてみると(カッコ内に赤字で表示)以下のようになります。
1997年:アジア通貨危機(各国通貨価値下落)、
1997年: 三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券破綻(様々な金融資産を保有する金融機関の破綻リスク懸念
1998年:ロシア国債デフォルト、LTCM破綻、長期信用銀行破綻 
中国巨大不動産会社の債券デフォルト
1999年:大手15行に7.5兆円の公的資金注入 (コロナ対策巨額公的資金注入
2001.9: 同時多発テロ (新型コロナ恐怖、行動制約
2003.3: 米軍イラク侵攻 (ロシア、ウクライナ侵攻


現在までのところリストラの直接原因となった金融機関の破綻は起きていません。しかし
世界の株、債券価値44兆ドル減、世界GDPの半分消失(2022.10.2日経新聞)というとて
つもなく大きな資産下落は、世界のどこかでシステミック・リスクを引き起こしてもおかし
くない状況にあります。


世界中でインフレが進み、急激な金利引き上げを余儀なくされているので早晩、景気後退に
突入します。来年あたりは経済のハードランディングを見ることになるかもしれません。

株はどこまで下げるのか

出所 株式マーケットデータ



株式投資において、昨今のような下落が続く局面では、いつまで下げるのか、いつになったら底を打ったと考えられるのか、その見極めが投資のパフォーマンスを決めることになります。インフレでも景気後退でも儲けるのは難しくなりますが、では今後何を見ておけば株価底打ちの予測が可能なのでしょうか。


発表される経済指標は山ほどありますが、一つを選べと言われれば実質金利こそ、というべきでしょう。実質金利の上昇はリスク資産の価値を下げるからです。では米国の実質金利はどうなっていたでしょうか。上のグラフは、実質金利と米国の代表的株価指数S&P500の関係を示しています。実質金利がマイナス入りした2020.3月末以降、株価は真逆の上方に向けて急上昇を続けました。


一方、2022.1月、実質金利が上昇に転じるや、株価は真逆の下落方向に向かい始めています。直近の2022.4月末までは実質金利マイナスが続いていましたが、5月からプラスに転じ9月には1%を超え9月末には1.6%を付けるという急激な上昇となり、このところの株価大幅下げにつながりました。


実質金利を押し上げているもの、それは現状では長期利回りの上昇と考えられます。実質金利=10年債利回りー 予想インフレ率 10年債利回りは米国中央銀行が政策金利0.75%の引き締めを3回連続しており、FRBはインフレ抑制を最優先課題としているので利回り上昇は今後も続くと予想されます。


予想インフレ率は景気動向の指標です。利上げによる将来不安、中国のコロナ対策、ブロック経済化による商品需要の低下等によって景気は今後悪化(予想インフレ率は低下)していくでしょう。この数値の下落が終わり、上昇の局面に入らない限り、景気後退が終わったということにはなりません。


繰り返しますが、実質金利が上昇すると株価は下落するので、実質金利の上昇が止まらない限り株価は下げ止まらないはずです。上式が示すように、実質金利は10年債利回りと予想インフレ率の差で表されるので同数値の上昇が止まるためには、10年債利回り上昇が止まり、予想インフレ率が上昇を始める必要があります。最悪のシナリオは10年債利回り上昇が止まらず、予想インフレ率が低下し続けることであり、これはスタグフレーションを意味します。


株価はPER×EPSで表せますが、実質金利がこの2つの指標にどのような影響を及ぼすかを考えることにより今後の株価の方向を知ることが出来ます。PER(株価収益率)は企業の売上と利益が上昇すれば並行して上昇すると考えられるので、マクロ的にざっくり見ればGDPの上昇率に置き換えられると言えます。


世界のGDPはこのところ一貫して下落方向にあります。GDPを構成する要素の内、大部分を占める消費や投資は今後景気後退が進むとさらに下落せざるを得ません。インフレが政策金利の利上げで収まっていくとしても、利上げの影響による景気後退は避けようがないということでしょう。


EPS(一株利益)についてはどうでしょうか。インフレ時には企業の仕入れ原価が上昇するので、販売価格に転嫁出来なければEPSは下落します。これまでのところ世界的に企業物価指数は消費者物価指数を大幅に上回っているので、企業利益は縮小していくこと、すなわちEPSの下落を示唆しています。


PS X PERの観点からみると残念ながら世界の株価は今後も下落を続けざるを得ないということになります。いつになったら実質金利の上昇を抑え込むことが出来るのか、そこに株価の行く末がかかっているということです。

異常変動の本質について

2003年Sarsが流行し、感染を避ける為飛行機で移動するビジネスマンが大幅に減少。結果、航空機に対する需要が大幅に落ち込み、使われなくなった飛行機はネバダの砂漠に放置されることとなりました。世界中の航空会社の飛行機が集まり夥しい数に上った為、ネバダ砂漠は飛行機の墓場と化しました。


飛行機がツインタワーに突っ込んだ2001年の同時多発テロ。この時にも航空会社はダメージを被りました。人々はおなじようなテロが起きることを恐れて移動手段として航空機を避けるようになったからであります。


今回コロナによって航空会社はさらに大きなダメージを受けました。またもや航空機の墓場が出現し、航空機ファイナンスリースも打撃を被ります。旅行やビジネスという需要が止まると、航空機は行き場を失い航空会社の収益も大幅減少、航空機を購入してリースとして航空会社に貸与しているリース会社も大きく影響を受けることになります。


多数の航空機が砂漠送りになると、世界経済は示し合わせたように大幅な下降局面を迎えます。今回のコロナ禍においては一部の国だけに留まらず、世界中の航空機が長期にわたって砂漠行きとなり過去とは比べ物にならない悪影響を世界経済に与えました。


今回は世界貿易面でも大変化が進行しつつあります。グローバリゼーションに支えられていた自由貿易が終わりを告げようとしているからです。自由貿易の下では、世界のどこからでも物資を調達出来、どこへでも売れるという経済効率が実現出来ます。この制度の下では企業も国家も自ら最適と判断した場所で経済活動が行えるという大きなメリットがあります。


ところが2022.2月以降、貿易はブロック経済に取って代わられつつあり、民主主義と権威主義によって貿易が分断され始めています。その結果モノの価格は上昇し世界中で発生しているインフレに拍車をかけています。


先日のジャクソンホールにおけるパウエル議長発言が株や円の連続暴落を引き起こしました。(一週間で世界の株式時価総額700兆円減少、円相場は4円近くの下落。)しかし議長発言はインフレ抑制を最優先し、その結果家計や企業にも痛みが及ぶということを明言したに過ぎません。


FRBは利上げを緩和するハズという市場の誤った期待が7月中旬以降の上昇を招き、今回の大幅下落に繋がった原因であったと言えるでしょう。ことの本質は実体経済がどれほど大きく長く影響を受けているかということであり、そのことこそが株や債券、為替の大幅な変動を引き起こしているのです。


インフレ抑制の為、次回9月の会合で再び0.75%の引き上げを行ったとすると3回連続の高政策金利引き上げとなります。これは過去に例のないことで、実現すればいかにこれまでと違った世界が出現しようとしているかの証しとなると言えるでしょう。ヒト、モノ、カネの激しい動きこそが異常変動の本質なのです。

リセッション入り、ボラの出現

インフレにより酷い資産価格の暴落を本年前半経験した米国。そこから1ヶ月が過ぎた7月28日、日本時間21:30、米国GDPが2四半期連続マイナスであったことが判明するやドルが急激に下落を開始。3月中旬115円台であった円ドルレートは一時140円超えまで上昇を続けてきていましたが、この発表を機に一日2円のペースでなんと5営業日連続で下がり続けました。


リセッション(景気後退)確定ととらえたマーケットは、為替のみに止まらず債券相場においても同じように反応しました。(一時3.4%超えまで上昇していた10年債利回りが発表後5営業日連続下げ、一時2.55%割れ。)考えられるリスクがインフレよりもリセッションに移ったと解釈されたようです。


リセッション入りは長短金利の逆転現象(逆イールド)にも表れています。本来債券利回りは期間が長期になるほど高くなるのが道理ですが、現在はこれが大きく逆転しています。例えば本日(2022.8.10)現在、米国10年債利回りは2.79%ですが、2年物米国債は3.26%と逆転しています。


より精度が高いと言われる3ヶ月短期国債と10年国債の比較では、過去8回あったリセッションの全てで事前に利回り逆転が発生しており、1年程度の期間を経てリセッションに突入しいています。(本日現在、3ヶ月短期国債利回りは2.54%)


一方、米国株式市場においてはドルとは逆に3日連続で上昇に転じました。株式市場、債券市場はリセッションよりもインフレ後退への期待が勝ったようです。中央銀行は利上げのペースを落とす方向を期待し、景気後退はまだ先の話と判断したのかもしれません。


しかし、実質金利(10年債と期待インフレ率から導き出される)は株式にとってネガティブな方向を示しています。4月末まではマイナスが続いていましたが、5月以降プラスに転じ、プラス幅を広げてきているので株価には不利な状況となっています。


米国のみならず欧州各国等もインフレとリセッションのせめぎあいの時期に突入しており、これが様々な資産価格のボラティリティー(変動率)を高めています。今後インフレは終息してゆくのか加速するのか、景気後退はどの程度重大なものとなるのか等不確定要素が大きい為、おのずと資産価格の振れ幅は大きくなります。


このようなボラ(変動率上昇)の出現は先行きを見極めきれない投資家の迷いを象徴しているのでしょう。 日本は変動率においてそれほど大きな影響を受けていないように感じられますが、海外の情勢変化はタイムラグを伴って影響が及ぶことは避けられません。ちなみに、本日21:30、7月の米国消費者物価指数が発表されます。再びボラが発生するかもしれません。

ぶりの消える日

ぶりは長いこと見なかった変動が発生したときに現れます。特に何年にもわたって発生しなかった歴史的異常事態時に多数のぶりが現れます。ぶりの出現は歴史が繰り返すことの証左でもあります。

中でも世界中を巻き込んで市場を荒らしまわっているぶりがインフレによるもの。米国のインフレ率の高さ(8.6%.2022.6現在)は40年ぶりです。40年前、オイルショックによりインフレ率は10%を超えており、当時FRBのボルカー議長は強烈な金利引き上げを行いました。

現在、パウエル議長もインフレを抑えるのが先決ということで、一挙に政策金利0.75%の利上げを決定しました。通常、利上げ幅は0.25%ずつというのが普通なので如何に現状のインフレリスクを深刻に受け止めているかがわかります。

市場においては、今年の前半期(1~6月)6か月で米国の代表的株価指数S&P500は23%下落し、この下げ幅はなんと52年ぶりとなっています。本年3~6月期は株、債券、原油からビットコインに至るまであらゆるリスク資産が歴史的乱高下に巻き込まれ、米国10年債利回り上昇1.6%は38年ぶり、22円の円安は24年ぶり、逆にドルの強さを表すドル指数は20年ぶりの高さです。

問題のインフレは供給制約から始まりました。コロナ、ロシア制裁への反撃による原油やガス、中国のロックダウンから始まった世界の貿易縮小などです。モノの価格は需要と供給で決まります。この深刻なインフレを抑える為には、供給を増やすか需要を減らすしか方法がありませんが、供給を増やす道筋は複雑で一筋縄ではいきません。

そこで需要を抑える為、まずは金利引き上げということになりますが、急激な引き上げは経済停滞を引き起こします。最近、市場ではリセッション(景気後退)のリスクが取りざたされており、資産価格の下落もリセッションを織り込み始めています。

インフレが収まらず、経済も後退というのは最悪のシナリオです。これを防ぐ方法は経済成長を犠牲にしてでもまずはインフレを抑えることなので、今後も政策金利の引き上げ継続は避けられないと思われます。

しかし困ったことに株、債券、為替など現在の乱高下がインフレによるものなのか、リセッションによるものなのか誰にも判らない状況になっています。直近のデータでは米国の住宅販売は対前年マイナス12%、個人消費も3.1%→1.8%へと大幅下落しているので不動産価格の下落が始まれば、リセッションも本格化が避けられなくなると思われます。

通常インフレに対抗するにはコモディティー指数の買いが有効です。実際、同指数は14年ぶりに29%の上昇を達成しました。しかしリセッションということになると同指数買いによる資産防衛の有効性は一挙に消滅してしまいます。
経済が大きく変動した時に現れる○○年ぶりという表現は、過去に例のない事象が起きた場合には出現しません。歴史的変動という言葉にとって代わられます。ぶりの消える日が近づいているのかもしれません。

明日の豊かさにむけて

出典:日経新聞
日本の家計における金融資産は昨年末、初めて2000兆円を突破。その54%超が現預金となっています。(日銀の資金循環統計による。)一方、米国の家計金融資産における現預金は13%に過ぎません。日米の現預金格差は統計が発表される都度話題にはなるのですが、一向に日本の現金偏重が変わることがありませんでした。

何故そのようなことになっているのかにつき諸説ありますが、日本人はリスクを取ることに消極的で、資産を増やすよりも安全安心を選好するから等、人種の違いにその根拠を求める論調が多かったようです。米国の金融資産の51%が株式、投資信託であり日本のそれが、14%なので現預金と株、投信の割合が日米で見事に真逆となっています。

単なる保有資産割合の違いだけなら人種による好みの違いで済まされる話かもしれません。しかし、国民の金融資産がどの位増えて来たのかという比較をしたとき、本当にこのままで良いのか大きな疑問がわいてきます。30年前と比較した国民金融資産高は日本が2倍ですが、米国は6.7倍です。つまり30年間のうちに米国人は日本人を遥かに上回るスピードで豊かになっているのです。そしてその差を生み出したのは各人がどのような資産を保有していたのか、という点に大きく依存していたと言えるでしょう。

もう一つ重大な問題は、どんな資産を持っているのかが人々の意識にも影響を与えるということです。自分たちの生活の安定、安心は、持っている資産の量に左右されるとも言えます。保有資産の半分が株や投信であった場合、その資産が増えているのか減っているのかは国民の大きな関心事となります。どのようにしたら豊かになれるのかに関心があれば、投資をする企業や資産クラス(株なのか、債券なのか等)さらには経済全体の動きにも興味をもたざるを得ないでしょう。また政治家が国としての成長にどのようなスタンスで臨んでいるのか等、政治に対しても無関心ではいられないはずです。

日本は20年にもわたってデフレが続いてきた珍しい国です。デフレ下では物価が下がってゆく一方、貨幣の価値は相対的にあがってゆくので、資産の半分以上を現金で持っていても何の問題もありませんでした。しかし、その結果何が起きたでしょうか。諸外国と比較して平均的個人の豊かさの大幅な低下です。また、デフレになると賃金もあがりません。国力はGDPで表せますがGDPの60%以上を占める消費が抑えられてしまった結果、30年間の日本のGDP増加率は20%、米国は350%と国力(GDP)においても大きな差がついてしまったということです。

投資にはリスクがつきものです。特に昨今のような複合リスクが世界を覆うような状況下、株、債券、投信等殆ど全てのアセットクラスが大きく変動しています。プロの投資家でも対応が難しい局面。あえてこの嵐の中、船を漕ぎ出す必要はありません。

しかし世界経済がどのように変容を遂げるのか、興味と関心を持ち続けることを怠るべきではありません。今後も同じような変動が起きることは経済の宿命、その時自分ならどうするか考えておく。このことが、明日のリスクを回避し、豊かさに繋がる道標となるはずです。

ミセスワタナベ再び?

(資料)社会実情データ図録<br>

(資料)社会実情データ図録

円安ドル高が早いペースで進んでいます。3月に入って115円から130円近辺へと2か月でなんと15円の上昇。貿易とインフレを加味した実質実効為替レートに至っては過去最低の円安水準です。(同レートが低い時は、外貨が高いことを意味する。)


原因は米国の急激な消費者物価上昇。40年ぶりの高さです。インフレを抑えるためには米国金利をあげざるを得ず、日米の金利差がドル高を招いています。


実質実効為替レートの急激な低下は、過去にもありました。1995年4月、同レートは最高値151.1を付けましたが、その後2003年には110を切り、2008.年秋ごろまでは80~90まで下落しました。こうした状況下では、資産形成には外貨保有が有効。実際この期間、外貨建て投資信託の基準価格は上昇し、ミセスワタナベ(為替取引をする個人の代名詞)は為替で大儲け。2000~2006で4億の利益を得たようです。


2008年以降、実質実効為替レートは円高に転換しています。理由は同年9月のリーマンショック。世界がリスクを取らなくなり(risk off)当時安全度が高いとみなされていた円が買われた為です。ミセスワタナベはこの時期、儲けのチャンスを失ったばかりか、2007年には脱税が発覚して延滞税、重加算税など5億円を負担することになったと報じられました。


過去、世界を揺るがすような事態が起きると円高になるというのが常態化していました。Risk off時の円高もその一つ。これは円が安全資産と見なされていたからですが、その背景には長期に亘る経常収支黒字があります。ところが、日本の経常収支は42年ぶりの赤字に転じる可能性が取りざたされています。原油価格が急激に上昇している為です。経常収支が一転赤字ということになると円安は構造的なものとなりそうです。


自国の通貨が安くなるということは、長期的には国力の低下を意味するのでもろ手を上げて歓迎するようなものではありません。日本はただでも政府債務残高がGDPの250%以上と過剰なので、金利の上昇は日本売りにつながり財政を危険にさらす恐れがあります。


日銀が政策金利を抑えようとしている為、ドル高を加速させているという議論もありますが、日銀の目的はまさかミセスワタナベを儲けさせるためではないでしょう。金利上昇を抑制することで、住宅ローン金利上昇や、企業の借金膨張を防ぐという効果も期待できます。


円安ドル高が進むと、輸入に携わる中小企業には打撃となることは避けられません。対策として為替ヘッジや、ミセスワタナベの世界に踏み込むというのも一つの方法かもしれません。直近の円の実効為替レートは66近辺と過去最低水準にあります。同レートは簡単に言うと通貨の実力と言えるので下げ続けている限り、外貨保有が利益を生む局面にあるということです。ミセスワタナベは再び利益を積み上げているかもしれません。

インフレがバブル崩壊を加速する

コロナ対策で多量のマネーを市場に注ぎ込んだ世界の中央銀行は資産バブルを想定していたはずです。従って、市場に溢れかえったマネーを急激に吸い上げることには慎重に、というのが一貫した方針でした。バブルを潰せば実体経済に重大な影響が及ぶからです。その後コロナ感染で工場が停止し供給が低下するなどした為、想定外のインフレが発生するに及び、金利の引き上げを早めるとの方針に変更しました。


ところが再び想定外の事態発生。ロシアのウクライナに侵攻により、世界はロシアへの制裁強化を選択せざるを得なくなりました。第三次世界大戦を避けるため取られた手段は経済制裁。ロシアの原油やガスの輸出を止めることがインフレを昂進させる副作用があることは承知の上での制裁です。ウクライナは小麦等農産物の生産で世界の需要の相当部分を賄っていますが、ロシアが黒海を封鎖して海上輸送を止めるという反撃に出ています。こうした様々な作用の結果、世界中で物資が不足、インフレが各国で問題となってきました。すでにいくつかの国では物価上昇を嫌気した反政府運動が広がっていると報じられています。


通常インフレ対策は政策金利の引き上げにより行われます。過去にも原油等の価格上昇によるインフレを鎮静化するため、各国で実施された対策です。今回もインフレだけが問題であるなら、金利引き上げが妥当。ところが資産バブルが収束していない状況で起きてしまったインフレなので、問題はより深刻化します。


収まっていないばかりか目いっぱい膨張したままの状況故、この状況で急激に金利を上げれば株、債券、不動産等の下落、企業倒産、その結果引き起こされる景気後退など、相当なショックを世界経済に与えることになると思われます。しかし逆にこれまでと同じペースでの金利引き上げに終始すればインフレは加速してしまいます。


FRBはインフレとバブルの両方に対処しなければならない難しい問題に直面しています。最近のFRBコメントによると、インフレ対策を優先させるべく金利引き上げ、金融引き締め(QT)にも5月には着手する方向とあります。QTにより中央銀行がコロナ対策で大量に買い込んだ長期国債等を売却することになるので債券価格は下落、債券利回りは上昇し金利上昇につながります。これはバブル崩壊の後押しを意味します。


最近になって世界経済へのリスク要因がもう一つ加わりました。中国の経済後退です。コロナ再拡大で人流を止めている結果、国内需要が減少し世界貿易も縮小。中国の経済はロシアの比ではないほど巨大であり、日本との経済的つながりも大きい。不動産価格下落問題も依然として解消されていないようなので中国のみならず世界への悪影響が懸念されます。

これまで、上記にあげたような出来事が1つでもあれば世界は揺れ、市場は大きく反応してきました。今回のように複合的な危機の連鎖はどのような結末をもたらすのでしょうか。


過去のショックの原因が比較的透明度の高いものであったことと比較すると、これまでの延長線といった楽観的予測に基づく行動は控えるべきと思います。幸いコロナに関しては危機が回避され、世界がコロナ前の日常を取り戻しつつあります。このトレンドを可能な限り、広く、長く、深く継続させることが当面の取りうる数少ない対策の一つではないでしょうか。


日本は諸外国に比べコロナから経済への移行が遅れ、未だに回復過程に入っているとはいいがたい状況にあります。米国のインフレへの対策転換は当然日本にも大きな影響を及ぼすことでしょう。従ってドラスティックな規制緩和を進めなければまずい事態に陥ることが憂慮されます。海外との人の往来を過度に制約する対策は早急に改める等、社会経済活動の後押しを強力に押し進める局面に来ているのではないでしょうか。